『鋼の錬金術師』を読んだ人なら必ず心に深く刻まれる、あまりにも悲しい物語があります。それが少女ニーナと愛犬アレキサンダーの物語です。多くの読者がトラウマを抱えるほど衝撃的なこのエピソードは、作品の中でも特に重要な意味を持っています。
ニーナとアレキサンダーってどんなキャラクター？
まずは、この悲劇の主人公たちについて詳しく見てみましょう。
健気で愛らしい少女・ニーナ
ニーナは茶色い髪を三つ編みにした、とても可愛らしい女の子です。国家錬金術師である父・ショウ・タッカーと一緒に暮らしていますが、母親は2年前に家を出てしまいました。
彼女の性格はとても健気で頑張り屋さんです。研究で忙しい父親に構ってもらえなくても文句を言わず、むしろ父親を尊敬し愛情を注いでいました。
忠実な相棒・アレキサンダー
アレキサンダーはニーナの愛犬で、真っ白な毛をした大型犬です。多忙な父親の代わりに、いつもニーナの遊び相手になってくれる優しい犬でした。エルリック兄弟が訪れた時も、すぐに懐いて一緒に遊んでいました。
エルリック兄弟との出会いと幸せな時間
物語は、エドとアルのエルリック兄弟がショウ・タッカーの家を訪れるところから始まります。
束の間の楽しい日々
エドとアルは、失った体を取り戻すヒントを求めて、生体錬成の研究者であるタッカーの元を訪れました。エドが図書室で勉強している間、アルがニーナとアレキサンダーの遊び相手をすることになります。
普段は寂しい思いをしていたニーナにとって、エルリック兄弟との時間はとても貴重で幸せなものでした。みんなで過ごす時間は本当に楽しそうでした。
父の約束と最後の笑顔
兄弟が帰る時、ニーナは寂しそうな表情を見せます。そんな娘を見たタッカーが「明日は自分と一緒に遊ぼう」と約束すると、ニーナは嬉しそうに笑顔を見せました。この笑顔が、彼女の最後の純粋な笑顔だったのかもしれません。
「ニーナとアレキサンダーどこ行った？」の衝撃
再びタッカー邸を訪れたエルリック兄弟を待っていたのは、想像を絶する現実でした。
異様なキメラとの出会い
タッカーは兄弟に対して、新しく人語を理解するキメラの錬成に成功したと告白します。そのキメラは大きな動物の体に人間の長い髪を持つ、異様な姿をしていました。
そして、そのキメラがエドワードに向かって「エド…ワード…おにい…ちゃん」と舌足らずに話しかけた時、エドの表情が凍り付きます。この瞬間、読者も同じような衝撃を受けることになります。
恐ろしい真実への気づき
エドワードの頭の中で、すべての点と線が繋がりました。タッカーが国家錬金術師の資格を得たのが2年前。その時に「人語を話すキメラ」を作ったこと。そして、ニーナの母親が家を出たのも同じく2年前だったこと。
そして今、ニーナとアレキサンダーの姿が見当たらない。エドワードの「ニーナとアレキサンダーどこ行った？」という問いかけは、読者の心にも深く響く言葉でした。この問いは、すでに答えを知っているからこそ、より一層切ないものとなっています。
タッカーの冷酷な返答
エドワードの問いに対するタッカーの返答は、作品史上でも屈指の悪名高いセリフとして知られています。「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」。この一言で、それまでの温厚な父親の仮面が完全に剥がれ落ちました。
タッカーは一切の悔恨を見せず、むしろ自分の「研究成果」に歪んだ誇りすら抱いている様子でした。彼の人間性の完全な崩壊を示すこのセリフは、多くの読者の記憶に深く刻まれています。
キメラ化とは何か？その恐ろしさを解説
ここで、作品の重要な概念である「キメラ化」について詳しく解説しましょう。
錬金術における禁忌
キメラとは、錬金術によって2種類以上の生物を融合させた合成獣のことです。特に人間を材料にした場合は重大な禁忌とされています。
タッカーが行ったのは、まさにこの禁忌中の禁忌でした。娘と愛犬を錬金術によって融合させ、一つの生命体にしてしまったのです。
元に戻すことの不可能性
キメラ化されてしまった生物を元の姿に戻すことは極めて困難、もしくは不可能とされています。この絶望的な状況こそが、この物語の最も残酷な部分です。
父親への変わらない愛情
キメラになってもなお、ニーナの心は残っていました。エドワードに殴られる父親に対して「お父さん、痛い？」と心配そうに声をかける姿は、多くの読者の涙を誘いました。自分をこんな姿にした父親を、それでもなお愛し続けるニーナの純粋さが、この悲劇をより一層際立たせています。
悲劇の結末とスカーによる救済
物語はさらに悲しい結末へと向かっていきます。
連続殺人犯スカーの登場
タッカーが軍に拘束され自宅軟禁となった時、国家錬金術師を標的とする連続殺人犯「スカー」が現れました。彼はイシュヴァール人の生き残りで、錬金術を神への冒涜として憎悪していました。
スカーにとって、人間をキメラにするという行為は許されざる冒涜の極みでした。彼は冷酷にタッカーを殺害し、続いてニーナ・キメラと対峙することになります。
救済としての死
スカーは苦しむニーナ・キメラを見て、一瞬の躊躇の後、分解の錬成術を使って彼女に死を与えました。これは単なる殺害ではなく、彼なりの慈悲であり「救済」でした。
元の姿に戻ることのできないニーナにとって、この死は長い苦しみからの解放だったのかもしれません。スカーの行為は、エルリック兄弟にはできなかった「結末」をもたらしました。
エルリック兄弟への深い影響
この悲劇は、主人公たちに計り知れない影響を与えました。
エドワードの無力感
エドワードは自分の力では一人の少女すら救えなかったという事実に、深い無力感を味わいました。この経験は、エドワードの心に深い傷を残し、彼の成長における重要な転換点となります。
アルフォンスの決意
弟のアルフォンスにとっても、この悲劇は大きな意味を持ちました。元の体を取り戻すという個人的な目標が、二度とこのような悲劇を繰り返さないための使命へと昇華されたのです。ニーナの記憶は、兄弟の旅路における道徳的な基準となりました。
物語が伝える深いメッセージ
ニーナとアレキサンダーの悲劇は、単なるショッキングなエピソードではありません。
科学の暴走への警鐘
タッカーの行為は、知識や地位への欲望が人間をいかに盲目にするかを示しています。研究への情熱と家族への愛情のバランスを完全に失った彼の姿は、科学の暴走に対する強烈な警鐘となっています。
痛みを伴う成長
作品全体を通して描かれる「痛みを伴わない教訓には意義がない」というテーマが、このエピソードで最も鮮烈に表現されています。エルリック兄弟の成長は、ニーナの犠牲の上に成り立っているのです。
まとめ
「ニーナとアレキサンダーどこ行った？」という問いかけから始まる悲劇は、『鋼の錬金術師』という作品の本質を象徴する重要なエピソードです。愛らしい少女と忠実な愛犬の運命は、多くの読者に深い傷跡を残しましたが、同時に作品が持つ深遠なメッセージを伝える役割も果たしています。
この物語は、私たちに科学と倫理の関係、家族愛の意味、そして時として避けることのできない悲劇の存在について考えさせてくれます。ニーナとアレキサンダーの記憶は、作品を読み終えた後も長く心に残り続けるでしょう。
